10代最後の日

9月 21, 2017

ブログをようやく開設(移行)しました。

「はじめまして」を書くべきかもしれないですが、10代でいられるのも残りわずかなので先に約20年を生きてきた感想を書いていきます。

今までの人生まとめ

*興味ない方は飛ばしてください。

自分は昔から熱くなるタイプではありませんでした。

「頑張らないで勝つのが美しい」と思っていました。

「責任ある立場は嫌だし、暮らしていけるお金がもらえればいい」と思ってました。

*上記は高校1年生まで思っていました。

また、年の近い兄弟がいたり、父親が厳しい人だったので、幼稚園の頃には人の顔色を伺うことができていたと思います。

「察する」ということが「空気」が読めていました。

小学生の前半は本を読んでばかりの内気な性格でした。

後半は「遊戯王とヤフオク」と出会い今でいう転売みたいなこともはじめ成績がガクッと落ちました。

中学生の頃は2年生の時に家庭が不安定になり自暴自棄になって、部活はおろか学校も不登校になりました。

3年生でストレスの矛先が「勉強」に向かい偏差値が48から68になりましたが、成績が足を引っ張り公立高校に落ちました。

確約をもらっていた(あと3日休んでたら取り消されていた)私立高校に進学しました。

1年生の頃は「これでもか!」ってくらい勉強してましたが、2年生の頃に「薬学で食べていく自分」が想像つかず、学校そっちのけで人に会いはじめました。

その中でWikipediaの姉妹会社さんの立ち上げに記者として携わりITの世界を垣間見ました。

3年生の頃には大学進学はほぼ考えていなかったです。

そして専門学校に進学しました。

専門に入ってからの自分

手続きの3日前に特待制度を知り、ITパスポートだけは3日でとりましたが、PCは検索できるくらいの能力での入学でした。

6月から授業も本格化し、同時に同好会にも入りました。

授業には絶望しました。

進みが遅すぎる。

同好会にも絶望しました。

OS消されてLPICの本だけ渡される。

ITはすごい世界でした。

その後も先輩にいろいろと教わったり、大会に出たりをしました。

1年生の後期には学校の授業は意味をほとんどなさなくなりました。

秋には基本情報をとりました。

11月からは学校と別にプログラミングスクールに通いました。

2月には勢いで開業しました。

また、大会での入賞は1年生の頃はなかったです。

2年生になり、春の応用情報に落ちました。

また、プログラミングスクールを卒業しました。

同時に師匠ができました。

師匠のところで去年1年の勉強が、学校の勉強がいかに足りてなかったか痛感しました。

夏にアプリのコンテストで初めて入賞しました。

今月中頃には未熟ながらも合同会社のIT部門の責任者(CTO)になります。

以上が人生ダイジェストです。

20年生きてきて思ったこと

人の本質は変わらない

人間、20年近くも生きていると本質は変えられないです。合わない人とはとことん合わなかったです。だからこそ、人それぞれに適切な距離間があるなと思いました。

あとは自分の軸を知った途端に動きやすくなりました。選択が迫られた時の判断も早くなりました。

若いって最強

そのまんまです。若いうちは動けば評価される。失敗もできる。生活も保証されている。機会も巡ってくる。などなどあげればキリがないです。

18の時と19の時でも多少違いを感じました。

とにかく動く!ステージが上がったら、計画や分析をする!くらいでいいと思います。(今はこれに苦しんでます(笑))

常識とか世界とか脆い

常識とか、世界とかそれらは今まで自分が見てきたものです。見えてる世界が違う人に会って話を聞くだけでそんなものあっさり崩れます。今までの自分を毎日捨て去るくらいでいいと思ってます。

最後に

まず、20年五体満足であり、大きな病気もなかったことに感謝しています。

そして、ここまで読んでくださった方はわかる通り、事業という箱を持ってから自分の人生は大きく変わりました。もっと言えば人に会いはじめた時からかもしれないです。

基本無鉄砲で動き出してきましたが、ラック値が高く「出会う人」「出会う機会」に恵まれ毎回なんとかなってきました。若いというだけで実力もないのに本当によくしてもらっています。いろんな方の助けがあって今の僕がいます。本当にありがとうございます。

しかし、これからは事業のステージも上がるので何事にも「計画」と「分析による根拠」を持って取り組んでいきたいと思います。

また、「大人って楽しいぞ!」と見せつけられるような大人になれるよう頑張っていきますのでこれからもよろしくお願い致します。

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日常

Posted by IshimiYusuke